みんなが善人になった時代
西暦205X年。人類は、火星に暮らしていた。
地球が住めなくなったわけではない。イーロン・マスクが実現した火星植民地が、あまりにも理想的な場所だったのだ。何不自由のない暮らし。争う必要のない社会。学び、遊び、好きなことに夢中になれる毎日。そこは、人類が思い描いてきた楽園だった。
移住の機会は、すべての善人に、費用の負担なく与えられた。人々は隣人を助け、互いを思いやるようになり、やがてそれが当たり前になった。皆が善人となり、皆が火星へ旅立った。そうして人類は、平和で楽しく、充実した日々を手に入れた。
誰もいない星の、いつもの朝
一方、地球では、最後の住人が旅立ったあとも、いつもと変わらない朝が訪れていた。
2020年代後半から発達したフィジカルAIとロボティクス。その技術を受け継いだロボットたちは、人類に託された仕事を続けていた。街を清掃し、草木を手入れし、傷んだ道路を補修する。もう誰も通らない交差点も、海沿いの道も、山を越える峠道も、美しいまま保たれていた。
人類が去っても、季節は巡る。桜が舞い、雨がアスファルトを濡らし、海には夕日が沈む。ロボットたちは休むことなく、青い惑星を整え続けた。まるで、誰かがまた走りに来るのを待つように。
遠い地球が、手の届く場所になった
二つの惑星を再び結んだのは、2040年代に生まれた通信技術だった。量子テレポーテーションの研究を端緒に、従来の物理学の限界を覆す発見がもたらされ、ついに光速の壁を超える通信が実現した。
火星から地球のドローンを、リアルタイムで操縦できる。遠く離れた場所の映像も、音も、路面から伝わる振動さえも、手元へ届く。惑星間の距離は、体験を隔てる壁ではなくなった。
「あの道路、サーキットにできるんじゃない?」
ある日、マスクが設立した火星管理機構の娯楽企画部門で、誰かがふと思いついた。
「地球で余っている道路を、
サーキットにできるんじゃない?」
道路はある。整備してくれるロボットもいる。操縦する人間が、その場にいる必要もない。
ほどなく、地球の道路をサーキットへと改修し、無人のドローンカーで自由に走れるアクティビティが誕生した。海岸線を駆け抜け、都市の高速道路を巡り、峠のコーナーに挑む。仲間とタイムを競ってもいい。ただ景色を眺めながら走ってもいい。
快適な火星の暮らしに、地球を走る楽しみが加わった。
あなたのハンドルは、地球につながっている
このゲームは、火星の住民がPCを通じて楽しむ、そのアクティビティを体験するシミュレーション。
目の前の画面は、地球への窓。あなたが握るハンドルの先には、遠い地球に置かれた一台の無人車がある。エンジンの鼓動も、タイヤにかかる荷重も、縁石を踏む振動も、あの青い星から届いている。
ロボットたちが守り続けた道へ。さあ、走り出そう。
人類のいない地球で、
人類いちばんの走りを。